アニマルウェルフェアと「殺処分ゼロ運動」


近年、多くの自治体がイヌ・ネコの「殺処分ゼロ」を目標と掲げることが見られるようになりました。動物の愛護家・愛護団体と呼ばれる方々も、その運動にとても積極的に関与し、処分される動物を少しでも無くそうと活動しています。そうした努力は非常に尊いものだと評価できます。

しかし、「ゼロにする」ということがスローガンで留まらず、具体的な実現目標とした場合、いろいろな歪が生まれるように思います。自治体が持つ「愛護センター」と呼ばれるような施設に持ち込まれ、処分される動物に限ってみても、単純にゼロにすることができるのか、あるいはして良いのかは十分な精査が必要であると考えます。

アニマルウェルフェアはその考え方として、人との関係における目的によっては「殺処置」することを認めています。たとえば、家畜を殺して、その肉を食することを単純に否定はしません。とは言え、食べ方には注意が必要です。食べることを目的とした動物であっても、生まれてから殺処理されるまでの生きているプロセスには配慮する必要があります。また、実際に食べる上でも、全てを食べ尽くすくらいの気持ちで食べる必要があり、フードロスに頓着しない態度は経済的な無駄ばかりではなく、食べられる動物にとっても礼を欠くものと言えます。

イヌやネコは日本においては終生飼育を目的として飼育され、家畜のように食べることを目的とし、寿命を迎える前に殺処理されることは原則ありません。実際、殺処理が生じるのは遺棄が多く、そのほとんどは動物に原因があるのではなく、人側だけの都合によるものです。「飽きた」、「経済的負担が大き過ぎる」などといった理由で、人の身勝手さゆえの飼育放棄です。これは動物を飼う責任の放棄であり、社会的に認めることはできません。


一方で、重度の疾病による苦痛で厳しい状態にあるとか、人馴れが非常に難しく人との生活が難しいなどといった、人側の努力や工夫だけでは必ずしも解決することができない場合があります。否、動物のウェルフェアを無視すれば、形式的には人と共に生きていくことは可能かもしれません。しかし、アニマルウェルフェアを無視して生かすことが本当に動物にとって良いことなのでしょうか。

わたし達日本人にとって、伝統的な生命観において「生命あっての物種」と言われるように、とにかく命があることに重きを置く傾向があります。また医療の発達などに伴い、死は非常に遠いできごとのように捉えられるようになってきています。そのため、死をただ否定的に捉え、嫌悪すべきものとする傾向が強いのです。死は良いものだというのは不適切だろうが、死は悪いものだというのも不適切さが残ります。

死をどのように捉えることができるかの議論は別稿に譲るとします。少なくともここで見たように、「殺処分ゼロ」というのは決してゼロにすれば良いという形では整理が付かない問題なのです。声高にこのことを唱える姿勢は、情緒的なものとしては個々の思いとしてありうるでしょうが、アニマルウェルフェアを考えるものとしては思慮が浅いと言えるのではないでしょうか。

命は大切です。

しかし、命を大切にするということは、生きる質を無視して、生きる屍として身体を維持することではありません。そのためにも、より深くアニマルウェルフェアの考え方を身に付けることは重要だと言えるのではないでしょうか。



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