動物を飼育する上での覚悟

動物を飼育することは、どのような動物であれ命を預かることを意味する。したがって、動物を飼育しようと思うのなら、その命に対峙する覚悟が求められるのは、ある意味当然だろう。どのような命であっても、命である。飼う以上、どのような動物であっても、その命へ責任を持つ覚悟は不可欠である。


動物を生活の中に迎え入れようと思うなら、その生涯に必要となる医療費、食費等に多くのお金が必要となるから、そうした出費の覚悟をしっかり持てといった言葉が、しばしばネット上にあがることがある。さらに、その覚悟を持てないのなら、動物を飼うべきではないとまで言われる。そうした言説は、気持ちとしてわからなくもない部分はある。動物を生活させるには、出費を覚悟する必要があるという意味においてではそうだろう。置物のような物ではなく、生活をしていく存在である以上、それを維持するためにはお金はそれなりに必要である。


だがそれは、たとえば健康に問題が出れば病院に連れて行くことが絶対に必要だ、という意味での必要性ではないだろう。都市社会に住むわたし達日本人のほとんどは、健康に問題があれば病院に行くのが当たり前と思って生活をしているに違いない。皆保険制度が発達している日本においては特に、誰もが病院にかかれて当たり前と捉えがちである。しかし、世の中広く見れば、病院に容易にかかることができない人達は非常に多い。経済的事情が大きな原因の1つである。世界には年収がわずか数万という社会がある。

日本は平均寿命が男女ともに80歳を超えているが、未だ50歳に満たない国がある。これは大人が早く亡くなることに加え、乳幼児の死亡率の高さがこの差をより大きなものとしている。こうした問題を防ぐためには、日常の衛生管理を高め、老若男女問わず誰もが必要な時に病院に行けるような社会保障制度を作り上げるべきだろう。



しかし、「生きる」という視点からこうした状況を見比べた場合、平均寿命が80歳を超える社会の方がより幸せな生活を送っていると一義的にみなすことは危険だ。つまり、50歳までしか生きられない社会が、常に幸福度が低い生活を送っていると決めつけることはできない。実際、そうした社会においても、日々の生活は充実していて、笑ったり、家族のふれ合いがあったりして幸せを感じる生活を送ることはできる。

子どもを早くに亡くすことは、親にとって何よりも辛いことであり大きな不幸である。子ども自身にとっても、一生をそう短く終えてしまう事態は避けるべきである。とは言え、子どもを無事に育て上げることを保証できないのなら、子どもを持つべきだとはならない。子を持つことは、悲しく辛い現実があってもなお、大きな幸せをもたらすことである。

また、それを単に親のエゴだと捉えることは適切ではない。親からの視点としてばかりではなく、親子の間に愛し愛される関係が強く結ばれることに価値がある。それは時間的な長短だけで評価すべきものではない。長生きすることに意味がないと主張したいのではない。一秒でも長く生きることそれ自体には、もちろん意味があり重要なことである。その上で、「生」の価値(幸福度)を高めるのは、長生き以外の要因があることにも目を向ける必要があるということである。


動物と生活を共に送る場合においても、同様のことが考えられるのではないだろうか。つまり、最初に書いたような「覚悟」が動物との生活には必要だというのは、極論すれば、「お金がなければ動物と生活するな」という言説を生むことにつながる。それは、動物の「生」を極めて矮小化してはいないだろうか。動物はお金をかける世話を受けることを前提には生きていないはずである。


動物と生活するということは、経済的余裕があるという前提中でのみ許され、認められるものではない。かとは言え、動物をおもちゃのようにぞんざいに扱ったり、散歩などやれるにも関わらず手を抜いたりするということは許されない。しかし、人自身が十分に余裕のない中で生活している場合は、共に生きる動物もその状況の中で生きることはあり得ることで、そのことが動物にとって直ちに許されないこととは言えない。先に見たように、人同士ですら、それは同じである。生まれた環境が厳しいものだとしても、産まなければ良かった、生まれなければ良かったとはならない。

人ばかりではなく動物も、厳しい生活においても愛情を込めて接せられ、深い絆で結ばれる関係なら 満たされた生活となるはずである。動物にとって生きる価値をもった「生」をつくりだすことができるはずである。現に飼い主と共にわずかな食べ物を分け合っている動物は、だからといって飼い主の元から去ろうとはしない。幸せな「生」と

は、生きている時間を満たすことでもある。仮に厳しいあるいは短い「生」だとしても、満たされた「生」、あるいは輝きを持った「生」は、幸せにつながる。


「生」をこのように捉えるのなら、動物に対する覚悟とは、それぞれが自らの力が及ぶ範囲で最大限のことをするということにこそ持つべきだ。医療費に相当額を出費するといった覚悟を求めることは、その主張をする人の力が及ぶ範囲を暗に誇示しているに過ぎない。動物と生活を供にするということにおいて、人の動物に対し及ぶ力の範囲を比較し評価することは、上を見ても下を見ても無意味なことである。飼い主と求められるのは、動物が満たされたあるいは輝きを持った「生」を与える覚悟であるはずである。

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